いのちのキセキ~元精神科看護師の実話に基づく人生を無限大に面白くするいのちのしくみ~

この物語は、人生に絶望し世界も自分も消えてなくなれと願っていた数年前の私が、自分の人生を通して、人生やいのちのしくみに気付き、人と幸せとは何かを追求し、揺るぎない幸せを育んでいくノンフィクションストーリーです。できれば、最初からお読みいただいたほうが内容が伝わり易いと思います。

カテゴリ: ☆第3章☆光と闇~二元論を超えるまで~

この物語はノンフィクションストーリーです
どこから読もうと読んでくださる方のご自由ですが
できればはじめからお読みいただいた方が
ストーリーが伝わり易いと思います('ω'*)♪


全体の目次はこちら


文章中の太字は現在の私(2013年~2014年)の解釈です


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ここで第3章は終わりです。


いかがでしたでしょうか…


わたしの感想はひとことで言えば


長い!長かった…やっと終わった…



第3章と、最終章は特別長いんです(´∀`;A



あとどこぞのポエマーかと思うほど美しい文章…


前書きでも書きましたけど
いまじゃ、光とか愛とかそんなに多用しないですし
愛してるって使っても自然と自分から出てくる言葉なので
こんなに、こぞばゆい感じでは使わないんですよねー



あのセンチメンタルな感じの感覚はいまの私にはないので
あんな美しい文章は書けないです


あー、恥ずかしい…
笑っちゃうほど、恥ずかしくってムズムズしながらアップしてました(((=ω=)))


たぶんこういうセンチメンタルさはどんどん薄れていくと思います。



いやーそれにしても
この章のころのわたしは本当によく頑張ったと思います(o^ ^o)


もう心を開きたいのに、開けないって感覚がよく分からないし
遠い昔のことのようです。


本当にあんなに苦しかったのが嘘のようです。



さて、次から第4章です(o^ ^o)

この物語はノンフィクションストーリーです
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できればはじめからお読みいただいた方が
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2010年07月04日付けのmixiの日記より再録(章の関係で日付が前後しています)


色々な経験を通して私は本当にたくさんのことを学んだ。


それらの経験を通して、この世に善悪や白黒で決められることなんてないって、
ずいぶん前から気付いていた。


だけど気付いていてもどうしても善悪の視点はなかなか消えない。


人は何か好ましくない出来事が起きたときに2次的な反応として、
憎しみや悲しみなどさまざまな感情を抱いてしまう。


それはそれで人間らしくてとてもいいと思う。


だけどその感情に振り回されて、
その出来事の意味を見出せなくなってしまうのはちょっと切ない…。



ハイヤーさんは私にとにかく二元論を超えさせようとしていたらしく
究極の闇を見せ続けてきた。


精神科の重篤な患者さんの壮絶さ。救急患者さんや入院患者さんの
ご家族を含めた関わりの中で知る壮絶な人生や人間模様。


そのエピソードは多岐にわたり外国人患者さんや司法鑑定の入院も
受けていたので一般的に言われる闇は語りきれないほどみてきた。


外国人の患者さんは目の前で家族が射殺されていたり、
迫害されている民族だから国に帰ったら殺されるかもしれないと
難民申請し続けていたりする人もいた。


日本という安全な国に住んでいるとまったく現実感がない話で
妄想のように感じられるが、調べてみると本当だったりした。


日本は豊かすぎるがために精神面に気持ちが集中し、
辛さにフォーカスがあたり、希死念慮をもち自殺企図を繰り返す
患者さんに多く接していたので、
今、生き延びることに必死な外国人患者さんと接することができたのは
本当に貴重な経験だった。



司法鑑定や医療観察法の入院患者さんとも数多く接する機会を頂けた。


ありとあらゆる犯罪を犯した人と接してきた。


中には本当に重篤な症状の患者さんもいたが、
多くはちゃんとした人格をもった人間であり、
優しい気遣いもたくさんしてくれた。


いくら精神障害があるとはいえこんな優しい人たちがどうして
罪をおかしたか不思議で仕方がないことも多くあった。


そして私にまるで何かを知らせるかのように起きた
2年半前の事件。私の知人がとある事件の被害者になった。


1カ月半後、私の勤めていた病棟にその加害者が司法鑑定で入院してきた。


そんなドラマのような展開に驚き、自分にお役目があることに気付けたが、
それはとても過酷な出来事だった。


その事件を知っていた周りのスタッフは気遣ってくれたが
司法鑑定などは法律がからんでくるため、
そんな一看護師の私情なんかで入院が変更になったりはしないんだ。


その入院を通して何か少しでも真実が知れたら少しは報われるかと思っていた。


医師が行ったインタビューの内容をカルテでみて
事件の真相を知ることができたが、何も救われなかった…。


むしろ抱えきれない思いだけが残った。


なによりも辛かったのが、その患者は
とても礼儀正しくて優しい人で全く憎むことができなかった。


それでとても苦しかったがその患者を憎んでも
どんな罰がくだってもその事件が消えるわけでないし
亡くなった人が喜ぶわけでもない。


そんな出来事を通して究極の闇の体験と「許す」ということを知った。



もちろん事件自体は許されることではない。


だけどこれも生まれる前に自分たちで選んできた役割なんだなと思う。



「闇を知って光が分かる」これまでの時代の流れはそうだった。



だから必然的に戦争などの悲しい出来事や悪役的な存在が必要になる。


そうして事件の加害者、被害者ともに命の大切さを教えてくれる、
とても大切な役割を演じてくれたんだと今では理解できる。


繰り返し言いますが行い自体は許されることではないので
罪はちゃんと償うべきだと思う。


だけどそれもまた役割なのかもしれない…。


そんな風に考えていると、闇が闇でなくなり…、
白と黒の区別が分からなくなってくる。


きっとこれが二元論を超えるということなんだろう。


闇を闇として捕らえることがなくなれば、
さまざまな苦しみを必要以上に感じなくなってくる。


そうして広がっていく世界はとても輝かしく幸せなもので、
物事を善悪で判断し白黒の区別をつけたいたことが
苦しみを生み出していたことに気付ける。


そうすれば、苦しみや悲しみから学ぶ必要はなくなる。


そして人々が魂の存在であることに気付けば、
病気も死も苦しみじゃなくなる。


そんな時代がそこまで来ているのを感じている。





だがその前に私はまだ癒すべき自分がいるのに気付き始めていた。

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幸いなことに私がいなくても須佐さんや
他の仲間がいるのでブース自体は成り立ったそうだ。


後日、みんなに謝罪して、違和感を持っていたKUUを離れることにした。


客観的にみるとひどい話で恐縮だし、
どう考えても本当に自分勝手だったと思う。


なによりも自分でもどうしてこの行動をしたか意味が分からなかった。


ただどこかで、もっとKUUが安心して
人に勧められるような良いものになって欲しいという想いもあった。


言いだしっぺで、一番熱心に準備をしていたはずの
私が会場に居ながらブースには不参加だった…。


それは、インパクトのある出来事で KUUや須佐さんにも、
良くも悪くも色んな意味でこのことがひとつの転機になったそうで、
さらに色々な経験を経て、KUUも須佐さんも変容していったそうだ。


そして…、2年後の2012年に須佐さんと再会した後には、
悪魔やマイナスのことを全く言わない人になっていた。


KUUヒーリングは自分が愛で満ちていて幸せであれば
自然とマイナスも浄化されていき周りの人にも
その波動が伝わるという考えに変わっていて、
KUUヒーリング自体のエネルギーも優しく軽やかに変化していた。


私の行動はとてもじゃないが肯定できるものではないし、
もちろん須佐さん自身が努力した結果だと思うが、
KUUが安心して人に勧められるものになってほしいという
その願いが叶ったのかもしれないと思った。


現在はヒーリング名と須佐さんの名前は仮名になっているが、
自叙伝をブログにアップした最初のころは名前を公開していた。


だが、この第3章にかかれている内容は2009年当時のもので、
現在の活動とは大きく異なる。
私のブログを読んで、第3章の印象で会いに行かれる方が多く、
混乱が生じてしまうことがあるそうなので、
須佐さんと相談の上、2014年7月から
仮名表記にさせていただくこととした。

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この日はKUUでブースを設けて、
KUUヒーリングの実演をする予定だった。


最初はいつもと変わらなかったが次第に「行きたくない」
そんな強い想いが私を駆り立てた。


前日まで色々と準備をして打ち合わせをしていたのに、
どうしていきなりこんなにやりたくなくなったか
自分でも全く意味不明だった。


会場に着いてからも、KUUのブースに向かえず
心配をして迎えに来てくれた仲間にも
「何があっても絶対に嫌!!絶対に行かない!!」と
頑なに参加することを拒否した。


須佐さんや仲間が私にマイナスが憑いていると言ってとってくれたけど、
変わらず拒否し続けた。



マイナスとかの問題じゃない…。


KUUのヒーリング力や概念は素晴らしいし、人に教えたいけど…、
そうやって闇と戦ったりしているKUUは安心して人に勧められない。


それに須佐さんもなんだか調子悪いし…。


この時、シンポジウムに出て人前に出ることが決まったからか、
色々ともめごとがあって、みんなで乗り越えつつやっていた。


人前にでるとかそういう場面になると自然と
その人のエゴが浮き出てくるようで、須佐さんまで様子がおかしかった。


スピ業界ではエゴが増幅して間違った方向に行くと、
変な教祖さま的な存在になったりする人もいるのでとても危ういし、
力の強い人ほどその誘惑は強いようだ。


KUUは使い方さえ間違わなければ、とても良いものなので
変な方向に行って欲しくないという思いもあった。



私がそんな風に違和感を感じているのに、
どうしても自分に嘘をついて参加できなかった。


元々は私が言いだしたことだし、責任もある。


ちょっと我慢して行けばいいだけなのに、
そこまで嫌なのが自分でも分からないけど…、
責任とかそういったものをすべて捨ててでも、
誰になんて言われようともう自分に嘘は付きたくない。


そんな想いでいっぱいで仲間のみんなに迷惑をかけてその場に参加しなかった。

 

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医療者自身も本当に疲れていて、
癒しが必要なこともたくさんある。


本当はヒーリングだって医療者から先に癒したいぐらいだけど、
どうしても偏見が強くて思うようには進まない。


だから私は少しでもこの世界のことを知って欲しくて、
職場で少しずつ話している。


ブログもそのために書いている。

ヒーリングもチャネリングも人が元々、持っていた、
能力だから怖いものでも特別なものでもない。


ヒーリングで人を癒すのは古代から行われていた、とても自然なことだ。


現代においては素晴らしい医療の発展があるから、
医療とヒーリングを合わせたらきっともっと素晴らしいものができると思う。


そのことに気付けば、人間本来の姿を思い出して、
そこにある愛や幸せに気付くことができるかもしれない。


一人でも多くの人がこのことに気付けば世界は必ず変わる。


優しい愛のある世界を創りたい。

一人でも多くの人にそのことを伝えたい。


スピリチュアリズムを理解して医療を展開できればきっともっと良くなる。


だから私は統合医療を目指して頑張っていきたい。


今は同じ志をもつ仲間にも出会えた。


色んな想いを言葉にすることで具現化して現れている。


統合医療が多くの人に周知される未来はそう遠くないと感じている。


その日はもうそこまで来ているから、私はこれからも伝えていきたい。


そんなことをパネルディスカッションで伝えたかった。


なんて、真面目に書くと照れますけど、
シンポジウムってあくまで学術発表会なのでもっと理論的に
かっこよく話せたらいいんですが、なんせ感覚型の人間なので、
こんな伝え方になってしまった。


対策としては事前の打ち合わせ等で

①実際にヒーリングを行う実践会

②インターネットの活用

③PRの方法

④勉強会などがでていた。


まだ具体的には何も決まっていないが、
どんどん想いが具現化するようになってきているので、
これらもきっとどんどん実現していくと思う。


とても貴重な経験をできたことに感謝する。





そして空いた時間にシンポジウムの受付の手伝いをした。


分からないことを近くにいたスタッフの人に聞いたら、
半ギレ状態でとても冷たい対応をされた。


「なに?この頭の薄いおじさん、超怖い…。」


普段、優しい人ばかりが周りにいるので、その対応の冷たさに驚いた。


この第一印象が最悪な頭の薄いおじさんが、
のちに夫となるとはこの時は夢にも思わなかった…。


お陰で私は人の顔を覚えるのが苦手なのに、
しっかりと彼の顔が頭に焼きついた。


後日談として、彼の機嫌が悪かったのは
シンポジウムの案内を作るのに私の苗字の読み方が分からず
英語表記するのに困ったが、間に入っている人にメールしても返事がないので、
私の勤め先の病院へ問い合わせた所、
私の上司から病院名を出されると困るといわれて、
彼は訳も分からずが平謝りすることになったそうだ。


この時、私の名札をみて、
そのことを思い出して腹が立ったから冷たくしたそうだ。

この時のインパクトが強かったのが後々の展開に
影響したのかもしれないので人生は本当に面白いと思う。

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