いのちのキセキ~元精神科看護師の実話に基づく人生を無限大に面白くするいのちのしくみ~

この物語は、人生に絶望し世界も自分も消えてなくなれと願っていた数年前の私が、自分の人生を通して、人生やいのちのしくみに気付き、人と幸せとは何かを追求し、揺るぎない幸せを育んでいくノンフィクションストーリーです。できれば、最初からお読みいただいたほうが内容が伝わり易いと思います。

カテゴリ: ☆第1章☆彷徨える闇の中で

この物語はノンフィクションストーリーです
どこから読もうと読んでくださる方のご自由ですが
できればはじめからお読みいただいた方が
ストーリーが伝わり易いと思います('ω'*)♪


全体の目次はこちら


文章中の太字は現在の私(2013年~2014年)の解釈です


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第1章☆彷徨える闇のなかで


いかかでしたでしょうか



動いている感情エネルギーがハンパないので
わたしもちょっと覚悟しないと読めない章っていうか
読むと、当時の感覚が蘇って来て
必ず泣いちゃうのんですよね



っていってもそれは苦しみの涙というよりも
本当に良かったっていう喜びのほうが大きいですね




いやー、全般的にいえることなんですが
実話なので登場人物への配慮もありますし
本当はもっとひどかったとか
こんなんだったって表現したいのもあるんですが
あんまりひどいのばかり表現してもキリがないし
うんざりするのもあるので
これでもだいぶマイルドに表現してあります




特にねー
知人が殺されて、その犯人が鑑定入院して来ましたが
設定自体を変えているので、表現しきれないですが
ドラマのように、もっと人間関係が密にありますし
話しの流れも実際の方がもっと説得力があるんですが
守秘義務があるので、書けないのがもどかしい所です




本当はもっと、こんなんでこんなんでこんなんなんだよーって
話したいですが、わたしが伝えたいことは設定じゃないので
いたしかたないですねー




うーん
いま、読むとどうしてこれが起こったかが
ものすごくよく分かるんですね




最終章にも謎解きがでてきますが簡単に説明すると




すべては自分故にあるんですね



人はどうしても頭で考えてしまうから
色んな不幸な出来事が起こると
それが不幸だとかよくないことだとか考えてしまうけど
決してそうではなくて




すべては幸せになるためにあります




あとすべては自分が意識的にせよ無意識に望んだから
その状況が表れます




幸せっていっても
世間でいうような、お金があってー、いい家に住んでー
家族が健康でーとか
条件に基づく幸せじゃないですよ



本当の意味での幸せは
本来のその人自身 ありのままの自分を生きれることです




その状態であれば、その人に必要な物や環境はすべてやってきます




私は本当の意味での幸せを求めたから
ある意味、色んな出来事が起こったともいえます



すべては幸不幸ではなくて
本当の意味で幸せになるために起こります




だから一見、不幸な出来事も幸せへの道しるべなんです
だから、この章のテーマは
幸せの道しるべでもあります('ω'*)♪





では、次から第2章に入ります ̄m ̄ ふふ

この物語はノンフィクションストーリーです
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できればはじめからお読みいただいた方が
ストーリーが伝わり易いと思います('ω'*)♪


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そして事件から半年が経った頃、
あれほど絶対に離婚を認めないといっていた大久保さんから、
離婚届を送って欲しいと連絡が来て、
無事、離婚することができた。



まるですべてを「許す」ことを決めたことに対して、
自分も許されたのか、すべてが紐解くように
苦しみの日々が幕を閉じ、こうして波乱に満ちた結婚生活が終焉を迎えた。



だがこの絶望の日々がのちの幸せの道しるべになることを
当時の私は全く気付いていなかった。




こうして私は旧姓に戻った。


本当は音○という名字だが珍しい名字なので
家族や親戚に迷惑をかける可能性があるので、
ブログでは省略して「音 りえ」という名前で通すことにする。




ちなみに「さん☆おとぴ」のおとぴは旧姓のあだ名だ。




友人の結婚式にて
広井病院(仮名)に入職してから
一年で20キロ痩せたので、この頃は顎がとんがってます(o^ ^o)

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離婚に関する良い兆候が出始めていたが、
私はまだ事件のことや犯人の少年のことを引きずっていて、
沈んだ気分のまま色々なことを考えていた。



心理学的には悲しい時は思いっきり悲しんだほうが、
後々、感情を引きずらないというが、
どれだけ苦しめば悲しみが昇華されるのだろうか?



人は苦しみの中にいると、それから逃れるためにあれこれと理由を探して、
自分の中で解決しようとするし、私も必死でその作業をしていた。



でも少年のことを憎めなかったこと。



真実を知ってより苦しくなったこと。



何よりも少年や事件のことを責めたところで
亡くなった吉田さんが帰ってくるわけでもないし、喜ぶわけでもない。



吉田さんはとても優しい人で誰かを責めているのを見たことがなかったから、
きっと少年のことも憎んだり責めたりせずに、
許してあげて、そう言うかも知れない…。




そんなことを日々、考え、
少年のことを許そう…そう思い始めていた。



「罪を憎んで人を憎まず」とはよくいったもので、
事件自体は許されることではないし、罪は償う必要がある。



でも色々な事件を犯した患者さん達と接して来て、
私は気付いていた。



患者さん達は、ちゃんと人格を持った一人の人間であり、
愛すべき面もたくさん持っていて
むしろ純粋すぎるぐらい優しい人も多かったこと…。



患者さん達は精神症状が悪化している時は暴れたり、
暴言もひどいが、落ち着いている時はとても優しかった。



患者さん達の背景にある複雑な家族関係であったり、
純粋さ故に社会に適応できずに病んでしまった苦しみ。



そういうものを身近で感じ入ると、
何が悪で何が善なのか分からなくなる。



世の中には100%の善も、100%の悪も存在しない。



時代によっても、国によってもその善悪の定義は違ってくるし、
あいまいなものだろう。



そんなあいまいな善悪の中で
ただ少年や事件を責めていても、何も変わらない。



それに何かを責めるということ自体、
大きな視点からみれば、危害を加えていることと違いないのではないか。



それならばすべてを許そう。少年も事件のことも、
何もできない自分自身もすべてを許そう…、そう決めた。




この事件を通して「許す」というとても大きなことを学ぶことができた。



これからは過ぎた過去を悔やむよりも、
未来に対して不安に抱くよりも、
亡くなった吉田さんのように、
ある日、突然、人生を終えることになっても後悔しないように
今を大切に生きよう…。そう思い始めていた。



この当時はとても苦しかったが、後から思うと
私は吉田さんとそれほど親しくなく、
ある程度、距離を持って事件をみることができたので、
半年ぐらいの苦悩で済んだのかも知れない。



ご家族や彼女さんや身近な友人たちの苦悩は
今も続いているのかもしれないと思うと、
安易に「許す」ことを語るのも配慮に欠けるのかもしれないが、
私にとって貴重な学びであったのでここに記すこととする。

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この出来事と並行して行われていた夫婦関係円満調停も
双方の意向が合わないため成立せず取り下げになった。


あまりにも壮絶な日々だったので
2回やったか3回やったか覚えていないほどだが、
確か一カ月置きぐらいに裁判所のそばの施設に行った覚えがある。



最後に調停の取り下げを調停員さんが裁判管に申し立てに行った際に、
大久保さんの陳述書を見て、
もし裁判を起こせば必ず離婚が認められるだけの内容だと
アドバイスをくれて、離婚への希望が持てて涙がでたのを覚えている。



思えばすべてが絶妙なタイミングで起こっていた。


事件がほんの数カ月早くて大久保さんと共に暮らしている時だったら、
もっと精神的に余裕がなく事件に耐えきれなかった。



調停がもう数日、早かったら、
調停に望む気持ちが全く違ったと思う。




あまりにも事件の衝撃が大きすぎて、自分の離婚なんてどうでも良い、
生きていれば、なんとでもなる。



そんな開き直りにも似た、強い想いの中で調停の日を迎えていたので、
正直、調停で何を話したかあまり覚えていないほど、
激動の日々を過ごしていた。




調停のあと、大久保さんは一人では
ローンの支払いが苦しかったらしく家を売却することにした。



家を購入していた土地は近くの大きな道路の工事が始まっており、
より便利になる上に、
新しく電車が開通するという情報まで出ていたためか、
ちょうど土地が高騰していた。




家自体も1年ちょっとしか住んでおらず
新築とそれほど変わらなかったので、売り出して間もなく売れた。



恐らく損失がほとんど出なかったか、むしろ儲かったのだろう。



使っていた家具などの分配で1度、
会ったが事務的なやりとりのみでお金に関して何も言われなかった。



家がすんなり売却できなければ、この一連の流れが遮られることになる。



そう考えるとこのことも初めから決まっていたことなのだろうか…
そんな考えが頭をよぎる。



すんなりと家の売却が決まったことで
別居や離婚に対する罪悪感が少しだけ軽くなった。

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そんな苦しみの中で私はあることに気が付いた…。



人生には乗り越えられない出来事は起こらないっていうけれど、
こんな出来事、普通なら乗り越える必要がないし、
まるで私に何かを知らせるかのように色々なことが起こる。



ずっと私は人とどこか違うと思っていたけど…、
やっぱり私の人生は何かが違う…。



私は他の人とは何かが違う、
私にはやらなきゃいけない役目がある。



そう気付き始めていた。



そんなことを気付かせるために少年は現れてくれたのだろうか…。



そして少年は鑑定入院を終え、
大勢の警官に囲まれながら退院していった。




後日、判決がでたことを鑑定医が教えてくれた。



確か懲役5年ぐらいで少年法では最高刑だと言っていたが
裁判官も「軽きに失する」と刑が軽すぎると言っていたそうだ。



思えば事件から5年以上経過しているので、
あの少年は刑に服して釈放されたのだろうか。その後のことは知らない。




そんな日々の中で私の感はさらに良くなっていったのか、
友達のピンチの時に絶妙なタイミングよく電話をして驚かれ
「おとぴちゃんも、きっと江原さんみたくなれるよ。」
そう言われて自分でもそんな気がし始めていた。

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