いのちのキセキ~元精神科看護師の実話に基づく人生を無限大に面白くするいのちのしくみ~

この物語は、人生に絶望し世界も自分も消えてなくなれと願っていた数年前の私が、自分の人生を通して、人生やいのちのしくみに気付き、人と幸せとは何かを追求し、揺るぎない幸せを育んでいくノンフィクションストーリーです。できれば、最初からお読みいただいたほうが内容が伝わり易いと思います。

2014年12月

この物語はノンフィクションストーリーです
どこから読もうと読んでくださる方のご自由ですが
できればはじめからお読みいただいた方が
ストーリーが伝わり易いと思います('ω'*)♪


全体の目次はこちら


文章中の太字は現在の私(2013年~2014年)の解釈です


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私の物語をお読みいただきありがとうございます。


いつか私の不思議な体験を本にしたい、
漠然とそう思っていました。


ですが、すべてがタイミングよく起こると
何度も作中にも出てきたように、文章にするのにも時期があるようで、
以前は断片的にしか書けずにいました。


やっと時が来たようで、2013年に入ってから徐々に書き始めて、
2月~3月にまるで何かにとりつかれたかのように、
この長編を1カ月半ほどで寝食を忘れる勢いで書き上げました。


時には笑い、時には号泣しながら、
自分自身が本当によくやってきたと
自分を褒めたたえながら、夢中で書き続けました。


次から次へと書きたいことが溢れてきて、
止まりませんでした。



普段の私はあまり記憶力があるほうでないので、
過去のこととかあまり覚えていないのですが、
不思議とこの期間は色々な記憶が蘇ってきたり、
何か思い出すような出来事があったりして思い出せないで
、困るというよりも書きたい想いに書くスピードが追い付かなくて困るほどでした。



何度も何度も繰り返し修正・加筆して
やっと今日、できあがりました




振り返ると、色々と経験して来て
本当によくやってきたなと思います。


いまでは、苦しかったのが嘘のようにとても幸せです。



すべては自分故にある。第3章ぐらいからこのことを痛感し、
ひたすら自分と向き合ってきました。


すべては自分故にあるというと、
「それじゃすべて、私が悪いのか!」
という捉え方をされる方がいらっしゃいますが、
そういう意味ではないのです。


どういう意味かは本文に何度も繰り返し書いてあるので、
ここでは書きませんが、私はこのことを知って、
私が悪いという捉え方よりも、すべてが私故にあるのであれば、
私が変わればすべてが変わるということだという捉え方をして、
実際に自らの人生において、
色々と変化を体験して劇的に人生が変わっていったと思います。


自分と向き合うというのは、やりなれるととても楽しくなりますが、
最初のうちは苦しみと対峙しないといけないので、とても苦痛を伴います。


でもその痛み以上に、それまでの私の人生において生じた痛みのほうが
遥かに強かったので決意せざるを得なかった感じです。


私の人生、苦しいことがたくさんあったけど、
それ故にたくさん気付いてこれたので、
本当に傷つくことで気付けることがたくさんあるんだと思い、
色々なことを経験できたことにも、
それを経験して来た自分自身にもとても感謝しています。



そしておとぴの物語はアセンションでひと段落して、終える予定でしたが、
不思議なことにこれも何かのタイミングなのかもしれませんが、
「シン章」として、また続きを書くことになりましたので、
よろしければまたお付き合いいただければ幸いです。


シン章を書くことになったので、
このアセンション前の章は「旧章」と表現させていただくこととします。



私の願いはすべての人がこの世のしくみに気が付いて、
自分自身を生きれる時代がくることです。




すべての人が、いまある奇跡に気付いて幸せになれますように…。





                

この物語はノンフィクションストーリーです
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いやー。やっと書き終えることができました。


応援してくださったみなさん、本当にありがとうございます。



全部で5つある章のうち、一番書くのに苦労したのが最終章です。


と、いうのも一時的に目覚めのようなものを体験した時の話など
思い出せなくて、苦労したんです


あのころ、「3次元マジック」ってしきりに言ってたのは
覚えているけど、3次元マジックってなんだっけ(・・?


エピソードなんかは覚えているんですが
感覚として、思い出せなくて苦労しました。


わたしの文章って感覚で書いているので
そのモードに当たれば、スラスラ言葉がでてくるんですが
ここはなかなか言葉が出て来なかったですね



あと内容的にとても重要なことが書いてあるのにも関わらず
書き始めた当時のわたしは、いまほどいのちのしくみについて
分かってなかったんです(*ノω<*)


いのちって光のこと???…って感じで漠然としか分からないのに


いのちのキセキとか、いのちのしくみって書いたら
なになになに~~???いのちのしくみってどういうことって感じで
みなさんに興味を持ってもらえるんじゃないかという
安易な気持ちでつけたタイトルでしたが
とうの本人が一番、そのしくみを知りたかったのかもしれません


想定外に続きを書かなきゃいけない流れになって
何度も何度も修正・加筆しながら
内容にも深みを増して
お陰さまで、だいぶいのちのしくみも理解できてきて
やっと書きあげることができました



誤字脱字とか細かい修正は入るかもしれないですが
内容として、納得のいくものができました。



一応、アセンションまでを一区切りにしていますが
エピソードは自叙伝を書き始める
2013年1~2月ぐらいまでのことが書いてあります



もうすぐ書き始めて2年になりますが
ここまで内容に深みを増すために、
なかなか書き終えることができなかったんだと
本当に感無量です。



読んでくださって本当にありがとうございました。









この物語はノンフィクションストーリーです
どこから読もうと読んでくださる方のご自由ですが
できればはじめからお読みいただいた方が
ストーリーが伝わり易いと思います('ω'*)♪


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文章中の太字は現在の私(2013年~2014年)の解釈です


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分かり易くこの世をゲームに例えるなら、
神であり、いのちは自らの多面性を知るために、
それこそ人の数だけ色んな多様なゲームを作って、
色んな主人公やサブキャラを創りました。


美しい、かわいい、頭がいいとか素敵設定だけじゃなくて、
顔や体系が残念だったり、
性格が暗かったり、障害があったり、すべてはキャラ設定です。


それぞれが主人公のゲームを
それぞれのステージのクリアを目指して行って、
クリアしたらまた次のステージが始まりますし、
永遠に完成することのないけど、
いつも完璧に進化し続けるディズニーランドのような感じで
人生を繰り広げていきます。


それぞれの人が100%主人公のゲームの中で、
色んな人がサブキャストとして登場してくれます。


それぞれのゲーム機のコントローラーが世界に繫がっていて、
絶妙な組み合わせで繰り広げられている、
ものすごいクオリティの面白いゲームです。


そりゃそうです。神である自らが作った神のゲームですから
クオリティは神レベルで、人の想像なんて及ばないレベルで完璧なんです。



だからどの人も例外なく、
いまの自分のキャラ設定を自分でしてきています。


だからもっと可愛かったらとか、もっと○○だったらはないです。
どうして、この自分を選んだか、その意図を感じ取ってあげてください。


それぞれのキャラ設定には、その人が体験したかった
何かが隠されているから気付いてあげると
人生がまた違ったものになると思います。


自分が自分を選んで生まれて来ている。


これは人生において基本的なことなので
それだけは忘れないでください。


それを理解しているだけで人生が180度変わったものになります。



そして自分が100%選択している人生だと知って、
誰かのため人生ではなくて、自分のために生きてください。


誰も人のゲームを変わりにやってあげることはできません。


そして何かになろうとしないで、自分の人生を生きて、
自分が選んだキャラ設定を楽しんでください。


そうすることであなたには、いまよりも
ずっとずっと大きな抱えきれないほどの
幸せっていうリアリティが体験できます。


いま、私の人生を振り返れば、確かに苦しみも喜びでしたが、
それ以上に「いま、限りなく幸せであるということ」、
この奇跡のようなこの喜びを
たくさんの人と共有できたらいいなと思います。


確かに私はとても幸せですが、幸せには限りがなく、
どこまでも深く、どこまでも広くできるので、
私は自らの幸せを追求し続けます。


そして本当の意味での幸せはすべての人と共に
幸せであることだと思っています。


数年前の私のように、苦しみの中で答えを見つけられず
彷徨っている方の、幸せの道しるべになれたら
とても嬉しいと思いこの自叙伝を書きました。



少し視点を変えるだけで、
私、恐れのモードにどっぷりハマってた~とか
自分の選択に気付けますし、方向転換もいくらでもできます。


でも苦しいってリアリティを体験したいゲームの
クリエイターもいるから、それは自由ですし、
すべてはその人の選択です。


もちろんそれを選ぶ選ばないはその人の自由ですが、
知らないと選べないのでこうしてお伝えしています。



こうして私のいのちの軌跡を振り返り綴ることが、
私にとっても大きな癒しとなり、それが誇りにもなり、
私のいのちの軌跡は最高傑作だと
自分を褒めたたえながら書きつづることができました。


私の軌跡だけじゃなくて、
みなさんそれぞれの軌跡が最高傑作なんだと思います。


その軌跡の奇跡に気付いてあげてくださいね。




私の、いのちの軌跡を読んでくださってありがとうございます。



あなたが幸せありますように…



そしてすべての「いのち」が幸せでありますように…



心から感謝と愛をこめて



さん☆おとぴ




数年前じゃ考えられないほど幸せです





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そして自分を解放し続けて来て分かったことは、
この世は本当によくできた
バーチャルリアリティの世界だということです。


人は頭では全く理解していませんが、
思っている以上にエネルギーを共有して生きています。


そして自分以外の人は面白いように
自分の内的世界を映す役割を手伝ってくれます。


これがすべての人に起きていると思うと
世界は実に寸分の狂いもなく
絶妙な人物配置で完璧にできているのが分かります。


これほどそれぞれの人にとって
完璧なクオリティであることを考えると、
もしかしたら本当は人によって見えている世界、
体験している出来事すら違って、
それぞれが上手い具合に重なり合う点で人と人は出会い、
相互関係の元、色々な関係性が繰り広げられるのかもしれません。


もっと言えば、ひとりの人ですら、色んなパラレルワールドを
瞬間、瞬間で行き来しているのかもしれません。


ほとんどの人は気が付いていないと思いますが、
個人的には時間すら跳んだり、
戻ったりしているように感じる時もあります。


それらが違和感を感じずに連続性をもって、
みんなが同じ世界にいるように感じられるから、
この世はすばらしく完璧だと思います。


そういう常識すら超えたレベルで、
それぞれの人に起こっていることは、
ただただ自分の在り方を
この世が見せ続けてくれているということです。



本来、何者でもなかった私が色々な後付けの言葉を通して、
色々な意味を織りなしていき、
そして身体に溜まったカルマというエネルギーの記憶により起こる
追体験などのトラブルのような出来事。


まるで私という人物を知らせるように、
私の想いのさまざまな多面性を周りの人や世界が表現してくれています。


多面性さ故に、気付けないことも多いですが、
私に響く言葉はすべて私自身が発したものの別の側面であるように感じます。



家族など周りの人が繰り広げる、私を困らせるような出来事も、
私を幸せにしてくれるできごとも
私の内的世界が映っているだけの世界。


世界はいつでも完全に私の願いに答えてくれるから
私が何かで在ろうとすると、それが分かりやすいように、
そうではない別の物をより強く見せてくれます。


善であろうとすれば、悪が浮上し、愛であろうとすれば、
恐れが目に付き、平和であろうとすれば、戦争が気になり、
私であろうとすれば、私以外のものへ導かれてしまうこともあります。


逆に何かであろうとしなくても、あなたのエネルギーの記憶により
色々な出来事は起こり、あなた自身を見せ続けてくれます。


例えば、エネルギーの記憶が浮上して、恐れという世界を見た時、
その恐れにフォーカスしてしまうと
更に恐れの世界がより強く展開されていく、
結局は自分が何にフォーカスするかで世界は全く変わったものになります。


以前の私はずっぽりその世界にはまっていたので、
人から何かをされるという被害者意識でいましたが、
どうやら違うみたいです。全部、私発信でした。


ずっと、あなたという人や世界を通して、
私を見続けていた世界でした。


私という世界を見続けていただけでした。


基本的に周りの人はすべてそうですが、
とくに家族はエネルギーを共有している時間が長いから、
より強くでるようです。



例えば、親子関係にトラブルが起きやすいのは
親のインナーチャイルドのエネルギーが子どもに
そのまま伝わるからです。


子どもがいうことを聞かなくて困る時は、
自分のインナーチャイルドのメッセージを
子どもが表現してくれているだけのことも多いです。


だけど親は自分が「いうこと聞きなさいっ」って怒られて、
自分の自由さを封じたので、同じことを子どもにやろうとしますが、
やればやるほど自分のインナーチャイルドが大暴れして、
子どもはいうことを聞かなくなりますし、
自分は我慢したことを子どもにやられてるもんだから余計に腹が立つようです。


そうやって家族はエネルギーを連鎖的に家系に伝え続けています。




夫婦間でも似たようなことが起こっています。


自分が封じた何かを強く思い出させる人に、
運命感じちゃったり、変に惹かれちゃうみたいです。


お見合いなどでも結婚するほど縁がある人には
同じように相互作用の縁があります。


これも自分が嫌な想いをして封じた物を呼び起こされるものですから、
相手が余計に憎たらしくなって、
夫婦関係もめごとがたえなかったりします。


すべては自分発信だから相手を変えようと頑張るよりも、
自分自身がこのことを知ってあげて
自分の想いを受け取ってあげることで不思議なほど
起こる出来事が変わっていきます。



このことが分かると、この世って何てシンプルで
分かりやすくできている実に面白い世界だなってつくづく思います。





 
自分を閉ざし苦しかったころの写真

この物語はノンフィクションストーリーです
どこから読もうと読んでくださる方のご自由ですが
できればはじめからお読みいただいた方が
ストーリーが伝わり易いと思います('ω'*)♪


全体の目次はこちら


文章中の太字は現在の私(2013年~2014年)の解釈です


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さてアセンションを期に一区切りということで最終回です。


最終回ということで、この自叙伝の要点を書きます。



私は、数年前の私じゃ考えられないほど幸せになりました。


そのためにはただただ自分に正直に、
自分に優しく生きれば良いだけだったなんて夢にも思いませんでした。


そして以前は人に尽くして誰かを幸せにしようと頑張っていました。


でも「私たちは地球の細胞」という記事にも書きましたが、
人にはそれぞれ役割があります。


その人がその人らしく生きるということは、
その人が自ら決めて来た役割に沿って生きることでもあります。


その人がその人らしく生きることで、自分も幸せであるだけではなくて、
結果的に全体の調和も整うので、すべてのためにもなります。


だから誰かのために生きるのではなくて、自分自身のために生きること。


これが自分もすべての人も幸せにすることができるんです。


仕事でも家事でも育児でもそうです。


相手のためになんて恩着せがましいことじゃなくて、
自分のために自分の役割をやる。


それが結果として周りもすべて幸せにします。


ただこれだけいうと誤解なさる方が大勢いると思いますが、
自分が癒えてない状態だと、エゴまみれの偏った行動を
自分のためだと誤解してしまいますが、
そうではなくてもっと本質的なことです。


どう違うかは自叙伝にさんざん書いてきましたので、
あえてここには書きませんので、それぞれの方が感じとってください。


逆に言えば、いま世界で起こっている色々な不調和は
自らの役割を忘れてしまった人が多いために起こっているともいえます。


何度も言っている通り、アセンションまでは
そういう時代だったので仕方ありません。


でもこれからは本来の役割に戻れる時代になりました。


ちなみに役割というと人はすぐに、
職業とかそういうものを頭で考えてしまいますが、
そうではなくてもっとエネルギー的なもので、
例えば人と人を繋ぐ役割とかなので、そんなに難しく考えなくても、
自分に素直に生きれていれば頭で考えなくても
自発的に行動できるようになっています。


私がこの自叙伝繰り返し伝えた来たことは、
すべては自分故に起こるということです。


このことが腑に落ちれば、とても生き易くなります。





愛そのものだった赤ちゃんの時
まっすぐに人をみて、まっすぐに人を愛しています

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