いのちのキセキ~元精神科看護師の実話に基づく人生を無限大に面白くするいのちのしくみ~

この物語は、人生に絶望し世界も自分も消えてなくなれと願っていた数年前の私が、自分の人生を通して、人生やいのちのしくみに気付き、人と幸せとは何かを追求し、揺るぎない幸せを育んでいくノンフィクションストーリーです。できれば、最初からお読みいただいたほうが内容が伝わり易いと思います。

アメブロからお引っ越ししてきました。

通常のブログもお引っ越ししました。

さん☆おとぴpresents シンいのちのしくみ
http://sun-otopi.hatenablog.com/

 この物語はノンフィクションストーリーです
どこから読もうと読んでくださる方のご自由ですが
できればはじめからお読みいただいた方が
ストーリーが伝わり易いと思います('ω'*)♪


全体の目次は
こちら

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幼馴染が刑務所に入っていることも、俯瞰した点から見れば、

それは幼馴染の人生であり彼の人生の計画の一部であるから、

私がそれを変えることはできないのかもしれない。

 

 

私ができるのはその出来事に対する、

私の恐怖や悲しみを受け容れ癒していくこと。

 

 

そうして自分自身を受け容れつつ、

自叙伝の修正・加筆をする日々だった。

 

 

6月に入ってから、なにげなくネットで検索していたら、

事件の詳細が書かれているページをみつけた。

http://www.rokusaisha.com/wp/?p=1621

 

 

何度も同じワードで検索したのに

以前はこのコラムがヒットしなかった。

やはり情報を知るのに時期があるのであろう。

 

 

伝聞証拠だけで犯人にされたひどい冤罪事件だとかかれてあった。

 

 

どうやら伝聞証拠も、幼馴染の母が

「灯油を部屋と自分にまいた」と言ったのに対して、

救急隊員が「自分とは息子のことか」と聞いたらうなずいたとか、

かなりあやふやなものらしい。

 

 

コラムに載っている、部分的な言葉しか分からないので、

正確な判断はできないが、

どうしたら「自分とは息子のことか」という返事がでてくるかが意味不明過ぎる。

 

 

あまりにも不自然過ぎて、幼馴染を犯人にしようとする

第三者から告げ口でもされたのではないかと勘ぐってしまうほどだ。

 

 

 

更に何よりも驚いたのが確定判決で認定された犯行ストーリーだ。

 

 

「被告人は、殺意を持って、自分の着衣に着火して

被害者に抱きつくか、

 

または、被害者の着衣に着火して被害者に抱きつく方法により、

被害者を全身熱傷で死亡させた」

 

 

絶句である…。あまりの驚きに何も言えない。意味が分からない。

 

 

もう声を大にしていわせてもらう。

 

 

自慢じゃないが、私は元精神科看護師として

精神科救急で自傷他害の恐れのある人や、

精神鑑定でたくさん犯罪を犯した患者さん達を看てきたが、

もし患者さんで入院して来ても、驚くレベルの異常行動だと思う。

 

 

もしこの犯行ストーリーが本当なら

精神鑑定をしたほうがいいんじゃないかと思うぐらいの

危険行動だと思う(あくまでおとぴ個人の感想です)。

 

 

 

正直な感想を言わせてもらえれば、

この判決文を考えた人が正気だと思えない。

 

 

酷い言い方をさせてもらえれば、

こんなキチガイじみた判決が許されることが信じられない。

 

 

この世はいったいどうなっているんだろう。

 

 

このコラムを読んでからまたしばらく茫然自失の日々を過ごしていた。

 


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色んなことがあって思い悩んでいたが、

それでも自分が幸せであるという感覚はなくならなかった。

 

 

幸せとは自分にとって不都合な状況がないこととか、

状況や人など外的環境に左右されるものじゃない。

 

 

以前の外側の世界に振り回されていた私なら考えられないことだけど、

困ったことがあっても、それによって恐れの感情を持ったとしても、

それが幸せでない理由にはならなかった。

 

 

どんなに探しても得られなかった幸せな実感が私の中にあり続けている。

ずっと気が付かなかったけど幸せとは

自分の中にずっとあり続けていたのかもしれない。

 

 

だが自叙伝に事件のことを書くことで何かが変わるんじゃないかと、

淡い期待をしていたが特に何も変わらず。

 

 

タイミングじゃないのかもしれないと思いつつも、

どうすることもできずに苦しい日々を送っていた。

 

 

誰かに相談したくても一番身近にいる夫に事件のことを話すと、その度に

 

「おかしい!どういうことか意味が分からないから判決文を入手しろ!」

 

と、判決文を入手しろとしきりに言われた。

 

 

別に私のためというよりも、

自分の知的好奇心のためといった感じで

事件の詳細を知りたがっていて、

怖くて身動きがとれない想いの私には傷口に塩を塗られる気分だった。

 

 

仕方なく判決文を入手する方法をネットで調べ、

裁判所に問い合わせたが、

本人または家族でないと取り寄せられないと言われ入手できなかった。

 

 

判例集なども調べたが載っていなかった。

旦那さんが弁護士の友達に相談してみようかと思ったけど、

いつも忙しそうにしているから申し訳なくて頼めなかった。

 

 

何よりも感覚的に判決文を入手することがピンと来ず、

今することはそれではない気がしていた。

 

 

確かに、人がいのちを大切に生きていれば、

時として、奇跡のような出来事がおこる。

 

 

だが奇跡が起こることが大切なのではなくて、

すべてが自分故に起こり、

一見、災難のようなことでも自分にとって必要で

起きているという大原則がある。

 

 

きっと人はすべてが順調に進んでばかりいると、

自分を省みることを忘れてしまう気がする。

 

 

本来は扉が開いた奇跡のような状態が通常だが、

あえて自分を感じる機会を持つために人は、

さまざまなトラブルを経験するのかもしれない。

 

 

旧章の最終章で自分からズレればズレただけ、

戻る喜びがあると語ったように、

この恐怖すら自分に戻る喜びとして、

自分を大切にしていれば自然と扉が開く日がやってくると信じていた。


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手紙を出して置きながら、

できるなら届かないで欲しいと少し怯えていたが、

驚いたことに10日後ぐらいに幼馴染から返事が来た。

 

 

恐る恐る手紙を読み始めると、

きっとあんなバカげた手紙を受け取って驚いただろうけど、

そのことに対して否定は全くされずに、

むしろ励ましてくれてありがとうとお礼が書いてあって

「スピリチュアルなことはよく分からないけど、

これからもらった本を読んで勉強したい」と書いてあってその優しさに驚いた。

 

 

「誰かを責めてないっていうと嘘になるけど、

そのことをいまさら言っても

仕方ないので考えないようにしている」と正直な気持ちが書いてあった。

 

 

「今回、りえちゃんが弁護士さんに

連絡をとってくれたことは希望の光です。

ご両親にありがとう伝えてください。」と書いてあって、

私が勝手に行動して迷惑じゃないかと心配していたので安心した。

 

 

「入院していた時に面会に来てくれて

本当に良かったです。きっとあの時に面会に来てくれてなかったら、

きっとこんな風にりえちゃんが弁護士さんに連絡をとったり

自分のために行動してくれていなかったのではないでしょうか」と書いてあった。

 

 

あの時はなぜ私に会いたがっているか不思議だったけど、

今、思うとすべては流れの一部なのだろう。

 

 

確かにあの時に私が会っていなければ、

話はまた違っていただろうと思った…。

 

 

最後の追伸で

「ごめんなさい 許して下さい ありがとう 愛しています」と書いてあった。

 

 

私は幼馴染と親しくなかったので、

そんなに性格を知らなかったけど、

『ホ・オポノポノ』の本をまだ読んでなくて訳も分からない、

そんな言葉を使ってくれて文面から

本当に優しい人なんだなって伝わってきて切なくなった。

 

 

私は色んな話を見聞きしていても、

現場を見た訳じゃないからどこかで幼馴染を疑う気持ちが

なかったというと嘘になる。

 

 

でも手紙をもらって、やっぱりこの人そんなことをするタイプの人じゃないと

少しでも疑っていたことが恥ずかしくなった。


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